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「平塚市」の歴史、文化まとめ

神奈川の中央にある平塚市

平塚市は神奈川県のほぼ中央にある市です。
特例市として指定されている平塚市は元々東海道の宿場町として栄えました。
街としては旧石器時代から人が生活していたと考えられており、遺跡も残っています。

平塚という地名ができたのは857年に桓武天皇の孫にあたる高見王の子である政子が病死した際に塚が長い間平らになったことで平塚といわれるようになったと言われています。
その後廃藩置県で小田原県から足柄県となり、神奈川県の管轄に入り平塚へと変わっていきます。
市政が施行したのは1932年です。

平塚七夕まつり

平塚の歴史として和売れられないのが七夕まつりです。
元々は中国の牽牛織女の伝説によって始まったもので日本には星まつりとして伝わりました。
宮廷貴族を中心とした都の生活に受け継がれ恋愛成就や書道が上達するように願うのが風習でした。

七夕まつりが市民に広がりを見せたのは江戸時代です。
江戸幕府が年中行事に取り上げて武家の風習となり次第に庶民へと普及したのです。
各地域で特色のあるまつりが行われており、平塚の七夕まつりは全国的に知られるものとなっています。

平塚の七夕まつりは戦後の商業振興を願って始められ、活発な商業力を裏付ける日本一とも言われる豪華な七夕飾りが特色です。
中心街には500本近くもの豪華絢爛な飾りが通りに並びます。
飾りの中には10メートルを超えるような飾りもあり、人気の動物や活躍中のスポーツ選手、キャラクターなど流行りのものが取り入れられ毎年話題になります。

平塚の農業

平塚は相模川と金目川の下流に平野が発達しておりそれを囲む丘陵地とがあるため神奈川県でトップの生産量を誇る稲作や酪農が有名です。
産業が発展してきた陰には平塚の農業や酪農があります。
大消費地である東京や横浜にたくさん出荷をしており神奈川の中でも有数の農業産地でした。

しかし、近年では都市化の影響もあり農家の数が減少していますし耕地面積も減少傾向です。
全国的に問題となっている後継者不足が平塚でも起こっており、深刻な問題となっています。

そこで、平塚の発展のためにも農業改革をしようと市も一丸となって取り組みを始めています。
経営規模拡大や労働条件の改善を目指して指定農業者を募り経営の改善に取り組んでいて少しずつ実績の出ているところです。
認定農業者のサポートをして農業を活性化させようとしており、神奈川の農業を再興させるよう積極的な取り組みがなされています。

作物としてはおいしい品種の米の生産がされてきましたが添削事業によってほかの作物への移行が進んでいます。
畑作が盛んになっており、ほうれんそうや小松菜、サトイモ、飼育作物の生産が現状は多いです。
畜産業は神奈川県でも乳牛飼育数が上位になり牛乳の大事な供給源となっています。